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広島高等裁判所岡山支部 平成7年(ネ)149号 判決

控訴人

三浦貞義

右訴訟代理人弁護士

大土弘

河田英正

加瀬野忠吉

羽原真二

被控訴人

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

河村正和

柳瀬治夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金三四四万七六〇一円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金四九二万五一四五円及びこれに対する平成二年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  2について仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人と被控訴人とのワラント取引の経過

控訴人は、大正一二年生まれの高齢者で、妻の預金を含め一〇〇〇万円程度の蓄えと年金で生活し、昭和六三年ころから株式の現物取引をしていたものであるが、証券業を営む被控訴人から、日本電気ワラント(五〇単位・受渡価格五三二万五一二五円)、富士通ワラント(三〇単位・受渡価格五八四万四一五〇円)、三菱油化ワラント(一四単位・受渡価額九五万九九二七円)の外国新株引受権証券(外貨建ワラント)を購入したが、その経過は、次のとおりである。

被控訴人の倉敷支店投資相談課長の宇賀神哲は、控訴人に対し、平成二年八月二二日、電話でいわゆるワラントの購入を勧誘した。ところが、その際、宇賀神は、控訴人に対し、新株引受権の権利行使期間その他ワラントの特質、内容、危険性等について全く説明をしなかったため、控訴人は、ワラントがいわゆるハイリスク商品で、権利行使期間を経過すると紙切れ同然となってしまうこと等についての認識を欠いたまま、これが株式とほぼ同様のものとの誤解の下に、翌日、右勧誘に応じ、右の日本電気ワラントを購入した。

宇賀神は、同月二八日、右日本電気ワラントを売却して利益を得た控訴人に対し、電話で再度ワラント購入を勧誘したが、このときもワラントについての詳しい説明をしなかったため、控訴人は、前回同様、その危険性について認識がないまま、株式とほぼ同様のものとの認識の下に、宇賀神から業績が良いからと勧められるままに右の富士通ワラントを被控訴人から購入した。

さらに、宇賀神は、翌二九日、控訴人に対し、右の三菱油化ワラントの購入を勧誘したが、このときもワラントの危険性等についての説明は全くなく、購入すれば利益が短期で出ると言われたため、控訴人は、危険性は株式と同程度であるとの誤解の下に、これを被控訴人から購入した。

2  本件取引勧誘行為の違法性と被控訴人の責任

(一) 適合性原則違反

証券取引法上、証券会社は、投資勧誘に関して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験に鑑みて、不適当な証券取引を勧誘してはならないとされているが、外貨建ワラント取引は、権利行使期間や為替変動等の特質、内容等によりプロの投資家でなければ適合し得ない極めて危険性の高い取引であるから、一般の投資家には適合せず、証券取引についてほとんど知識を有しない年金生活者には明らかに適合しないものというべきところ、控訴人は、無職で、年金を唯一の収入源とし、ほとんど証券取引の知識を有しない者であったから、このような控訴人に対し、外貨建ワラント購入を勧誘して、購入させた被控訴人の従業員宇賀神の行為は適合性の原則に違反している。

(二) 説明義務違反

ワラント、特に外貨建ワラントは極めて危険性の高い投資商品であるから、証券会社としては、このような商品を一般投資家に勧誘する場合には、誠実義務ないし信義則上から、その仕組みと危険性を十分に説明する義務がある。すなわち、ワラント購入に際しては、ワラントと他の株式や社債との相違点を明確に認識させた上、証券の権利の内容、権利行使価格、一ワラント当たりの取得株式数、権利行使期間の存在及び右期間経過後の消滅、取引形態は相対売買であること、値動きの激しさ、ギアリング効果、為替変動との連動性を説明しなければならない。

しかしながら、被控訴人は、ワラントについて十分な知識のない従業員をしてワラントの販売をさせており、被控訴人の従業員である宇賀神は、控訴人に対し、ワラントの仕組みとその危険性について何らの説明もしないで控訴人にワラント取引を開始させていたものであり、これは右説明義務に違反している。

(三) 責任

(1) 不法行為責任

被控訴人は、構造的うま味(発行時の引受手数料、社債調達資金の営業特金などへの還流による委託手数料、外貨建ワラントの相対取引による売買差益等)のあるワラントについて、その販売の拡大を図ることを優先し、従業員の適切な営業のための教育を怠っただけでなく、従業員に対して、激しいノルマを課して、勧誘行為を行わせた結果、前記(一)、(二)の違反により控訴人に損害を与えたものであるから、被控訴人は、民法七〇九条、四四条による賠償責任がある。

また、被控訴人は、宇賀神を雇用してワラントの販売行為をさせ、同人の前記(一)、(二)の違反行為によって控訴人に損害を与えたものであるから、被控訴人は、民法七一五条による賠償責任がある。

(2) 債務不履行責任

証券会社と一般投資家との間には、有価証券の売買又はその委託等に関する契約関係が発生するが、両者の間の有価証券取引に関する専門的知識や情報のギャップの大きさから、証券会社は、顧客に対し、取引の過程において予期しない不当な損害を被らせないようにする高度の注意義務及び誠実義務を負うところ、本件における被控訴人の前記(一)、(二)の各違反行為は右の契約関係に基づく注意義務及び誠実義務に違反したものであるから、被控訴人は右の債務不履行により控訴人に与えた損害を賠償する責任がある。

3  損害

控訴人は、被控訴人に対し、平成二年八月二八日日本電気ワラントを売却して八八万一八二四円の利益を得、平成三年二月二八日三菱油化ワラントを売却して三万七一八一円の利益を得たが、平成五年四月二〇日富士通ワラントの権利行使期間の経過により五八四万四一五〇円の損失を生じ、差益四九二万五一四五円の損害を被った。

4  結論

よって、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として、金四九二万五一四五円及びこれに対する不法行為又は債務不履行の後である平成二年八月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の事実のうち、控訴人が証券業を営む被控訴人から、日本電気ワラント(五〇単位・受渡価格五三二万五一二五円)、富士通ワラント(三〇単位・受渡価格五八四万四一五〇円)、三菱油化ワラント(一四単位・受渡価格九五万九九二七円)の外国新株引受権証券(外貨建ワラント)を購入し、その経過として、被控訴人の倉敷支店投資相談課長の宇賀神哲が、控訴人に対し、平成二年八月二二日、電話でいわゆるワラントの購入を勧誘し、控訴人がその翌日右勧誘に応じ、日本電気ワラントを購入したこと、同月二八日、控訴人が被控訴人から富士通ワラントを購入したこと、同月二九日、控訴人が被控訴人から三菱油化ワラントを購入したことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の(一)、(二)の各事実は否認する。

3  同2(三)(1)の事実のうち、被控訴人が宇賀神を雇用していることは認めるが、その余は否認する。

同2(三)(2)の事実は否認する。

4  同3の事実のうち、控訴人が被控訴人に対し、平成二年八月二八日日本電気ワラントを売却して八八万一八二四円の利益を得、平成三年二月二八日三菱油化ワラントを売却して三万七一八一円の利益を得たが、平成五年四月二〇日富士通ワラントの権利行使期間の経過により五八四万四一五〇円の損失を生じたことは認めるが、その余は否認する。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の原審及び当審の各書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらの各記載を引用する。

理由

一  控訴人と被控訴人とのワラント取引の経過

1  当事者間に争いのない事実並びに甲第一ないし第六号証、乙第一ないし第二四号証(枝番を含む。)、原審証人宇賀神哲の証言(一部)、原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果(いずれも一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、右認定に反する原審証人宇賀神哲の証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果の一部は採用しない。

(一)  控訴人(大正一二年一一月二五日生)は、尋常小学校を五年で中退し、戦時中に青年学校に通った学歴を有し、その後、鉄工下請業を営んでいたが、後継者がないまま、昭和六二年ころに廃業し、以後は無職で、妻と二人で年金収入により生活している。控訴人は、妻との間に一男一女をもうけたが、同人らの最終学歴はいずれも高校卒業である。

控訴人は、右廃業時には、自宅の土地建物(約二五坪の土地及び二階建の建物)を所有し、自己名義の郵便貯金約一〇〇万円及び妻名義の預貯金約一〇〇〇万円を保有していたが、前記年金以外には収入のあてはなかった。

控訴人は、昭和六三年七月ころ、当時いわゆるバブル経済期で、株式市場が活況を呈していたため、右預貯金を運用して、預金利息より高い利益を得たいと考え、この機会に株式投資を始めることにして、信用できる証券会社と考えていた被控訴人の倉敷支店を訪れ、株式取引を行うようになり、それ以降、平成二年七月ころまでに、株式のほかに、一部転換社債及び金地金等を含め、合計二三回購入し、一一回売却した。しかし、控訴人の行った取引の方法は、新聞の株式欄やテレビで一日三回放送される証券番組を見て、株価の動きを調べ、自ら銘柄を選択して被控訴人の倉敷支店従業員に相談し、或いは右従業員の勧誘に従い購入株式を決め、数日から数か月程度保有した後、多少でも値が上がれば売却して差益を得るというもので、銘柄は優良企業等安定感のあるものに限定し、堅実な現物取引のみであり、一つの銘柄の売却による利益額も三〇〇〇円位から十数万円程度に過ぎなかった。

(二)  控訴人は、平成二年八月には、控訴人及び妻名義の預貯金のうち一〇〇〇万円近くを投資して、優良企業の株式一〇銘柄を保有していたが、当時株式相場は急落中で、右株式も評価損が四〇〇万円近く出て、評価額が六〇〇万円位にまで低下しており、その後さらに値下がりすることが予想されたため、これ以上老後の蓄えである右資金が目減りすることは避けなければならないと考え、この際、株式投資を一旦中止し、右の保有株式を全部売却して、郵便貯金等の元本保証のあるものに換えようと決め、同月中旬ころ、被控訴人倉敷支店に対し、保有株式全部の売却を依頼した。

(三)  控訴人の右依頼を受けて、被控訴人の倉敷支店における控訴人の担当者であった投資相談課長宇賀神哲は、同月二二日夜、控訴人に電話をかけ、株式を一旦売却するのであれば、一応二、三の銘柄にまとめたらどうかと勧め、控訴人がこれに応じて日本電気株或いは松下電器株による取引継続に傾きかけるや、日本電気の株式が最高値のころより約五〇〇円も値下がりしていたことから、今後値上がりが予想されるとして、株式の売却代金で日本電気ワラントを購入するよう勧めた。控訴人は、当時ワラントなるものを知らなかったため、宇賀神は、ワラントは投資効果が大きく、利益は株式の二、三倍になること等を説明したが、株式と異なり、市場価格がゼロになる場合があることについては説明しなかった。このため、控訴人は、ワラントが株式や転換社債とは別のものであることを理解したものの、株式と異なるワラントの危険性を認識することなく、ワラントも株式とほぼ同様のものと考え、日本電気が優良企業であったことから、宇賀神の助言に従い、日本電気ワラントを購入する気持ちに傾いた。

(四)  宇賀神は、翌二三日、控訴人に対し、電話で、日本電気ワラントの価額が前日よりも値下がりしているので買い時ではないかと連絡して、改めてワラントの説明をせず、その購入を勧誘したところ、控訴人は、宇賀神に勧められるまま、保有株式全部を売却の上、同ワラント五〇単位を受渡価額五三二万五一二五円で購入する旨の注文をし、宇賀神は、右注文に応じて、当時控訴人が保有していた株式全部を評価損のまま売却して、右ワラントを購入する手続を取り、その旨を控訴人に伝えた。

宇賀神は、その際、控訴人に対し、ワラント取引説明書を送付するので、同説明書末尾添付の確認書に署名押印して返送するよう求め、被控訴人の倉敷支店の総務担当者は、同日、控訴人に対し、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」が一体となり、末尾に「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」が添付された書類を郵送した。右各説明書には、ワラントは、期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときには価値を失う性格の証券であること、ワラントの価額は理論上株価に連動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があり、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともあること、外貨建ワラントに投資する際には外国為替の影響を考慮に入れる必要があること等が記載されており、同書類はその後数日内に控訴人に配達されたが、控訴人は、これに目を通さなかった。

宇賀神は、その後、日本電気ワラントが値上がりしたことから、同月二八日午前九時過ぎころ、控訴人に電話をかけ、八八万円位の利益が出るので同ワラントを売却してはどうかと勧めたところ、控訴人は、これに応じた。宇賀神が前記ワラントを被控訴人が六二〇万六九四九円で買い取る旨の手続を取ったため、控訴人は、右取引で八八万一八二四円の利益を得た。

(五)  宇賀神は、同日午後一一時ころ、電話で、控訴人に対し、日本電気と同業種で代表的銘柄である富士通ワラントが今後値上がりの可能性があるとして、その購入を勧誘したところ、控訴人は、宇賀神の助言に従い日本電気ワラントをわずか一週間足らずの期間保有しただけで八八万円以上の利益を得ていたため、株式取引による損失の相当部分を回復できることを期待して、再度宇賀神の助言に従い、富士通ワラント三〇単位を受渡価格五八四万四一五〇円で購入した。宇賀神は、この際にも、控訴人に対し、ワラントの危険性について説明をしなかった。

控訴人は、翌二九日午前一一時ころ、被控訴人の倉敷支店を訪れ、宇賀神に対し、ワラントの価額の計算方法の説明を求めたので、同人は、控訴人に一応の説明をしたが、控訴人は、説明を聞いても分かりにくいというのみであり、結局、ワラントの価額の計算方法を理解することはできなかった。なお、控訴人は、その際、署名押印した前記確認書を持参し、これを被控訴人に差し入れたが、宇賀神から右説明を受けた後も、ワラントが株式とは異なり、権利行使期間を経過すると無価値になることのほか、権利行使期間内でも、値動きにより、場合によっては無価値となる大きな危険性を有していることを認識しておらず、ワラントは株式よりも値動きが大きいとしても、優良企業のものであれば、倒産したような場合でない限り、まさか無価値にまでなることはないだろうと考えていた。

(六)  宇賀神は、同日午後三時ころ、控訴人に電話をかけ、三菱油化ワラントの購入を勧誘したところ、控訴人は、前同様の理由で、宇賀神に勧められるままに、これに応じて、右ワラント一四単位を受渡価額九五万九九二七円で購入した。

その後、株式市場が停滞したため、三菱油化株式は一旦値下がりし、控訴人が購入した三菱油化ワラントも評価損を生じたが、控訴人は、平成三年二月二八日、新聞の株式欄を読んで、三菱油化の株価が値上がりに転じたことを知り、被控訴人に電話をかけて、宇賀神に前記三菱油化ワラントが値上がりしたことを確認した上、同人に対し、直ちに売却するよう依頼し、同人はこれに応じて、被控訴人において買取りの手続を取った。この結果、控訴人は、購入価額と右受渡価額である九九万七一〇八円との間の三万七一八一円の差益を得た。

(七)  富士通ワラントは、購入直後から時価評価額の急激な下落に見舞われて、評価額は減少し、平成二年八月三一日の時点で既に四九八万三五二五円(評価損八六万〇六二五円)、同年一一月三〇日には二二〇万一一〇〇円(評価損三六四万三〇五〇円)、平成三年二月二八日には二七七万六二〇〇円(評価損三〇六万七九五〇円)、同年五月三一日には一六五万四二〇〇円(評価損四一八万九九五〇円)、同年八月三〇日には三〇万八五八八円(評価損五五三万五五六二円)、同年一一月二九日には九万七五三八円(評価損五七四万六六一二円)、平成四年二月二八日には三八七九円(評価損五八四万〇二七一円)の評価額となり、その後もほぼ同様の評価額で推移して、当初五八四万四一五〇円で購入したものがただ同然の評価額にまで減少した。この間、被控訴人は、控訴人に対し、富士通ワラントの売却の当否についても適切な助言をせず、控訴人は、これを処分する機会を失ったまま、平成五年四月二〇日権利行使期間が経過するに至った。

右の富士通ワラントの時価評価額の推移は、平成二年八月末日ころ以降、三か月毎に外貨建ワラント時価評価額のお知らせと題する書面により、控訴人に伝えられ、右各書面の裏面には、前記のワラントの仕組みや危険性についての説明が記載されていたが、控訴人が右記載内容を検討したことはなく、宇賀神やその他の被控訴人の従業員がその内容について説明したこともなかった。

2  原審証人宇賀神哲は、平成二年八月二二日夜に、電話で、控訴人に対し、ワラントは株式を買い付ける権利で、行使期間があり、その期間が経過すると価値がなくなること、危険も大きいが、もうかるときも非常に大きいことを説明し、また、同月二九日には、被控訴人の倉敷支店で、控訴人が持参した前記取引説明書中のワラントの危険性に関する部分を読み聞かせたと証言している。

しかしながら、右1認定事実によれば、同月二二日当時には、株式相場は急落中であったのであり、控訴人が預貯金のほとんど全部をつぎ込んで購入した株式の評価額が六割程度にまで減少しており、控訴人は、そのまま右株式を保有していると、さらに株価が下落するとみて、一旦株式投資を中断し、資金を元金保証のある郵便貯金へ換えることを考え、被控訴人に対し、保有株式全部を売却することを依頼していたのであるから、宇賀神からワラントを購入することを勧誘された際に、ワラントが株式よりも危険性が大きく、株価が下落を続ければ、権利行使期間内でも無価値となる危険性があることを知らされていたならば、容易にワラントを購入しようとは考えなかったはずであって、宇賀神が前記の電話で、株式とは異なるワラントの危険性について的確な説明をしたとは認められない。また、同月二九日に宇賀神が被控訴人の倉敷支店においてワラントの価額の算定方法について説明した際に、控訴人が分かりにくいと述べていたことは宇賀神も証言しているところ、右事実からすると、その際にワラントの危険性について控訴人が納得するような説明がなされたとは認められないから、原審証人宇賀神哲の前記各証言部分は採用できない。

二  本件取引勧誘行為の違法性と責任

1  一般に、証券取引は不測の損失の危険を伴うものであり、証券会社から提供される投資情報等も将来の経済情勢や政治状況等の不確定な要素を含む将来の見通しの域を出ないのが実状であるから、投資家が証券投資をするに当たっては、開示された情報を基礎として、自らの責任で投資の当否を決めるべきものであり、このことは本件のようなワラント取引についても同様である。しかしながら、証券会社は、証券取引に関する豊富な知識、経験を有し、証券市場を取り巻く経済、社会情勢のほか、証券発行会社の業績や財務状況等についても情報を有しており、一般の多数の投資家が証券会社の推奨や助言を信頼して証券取引を行っている現在の状況に鑑みると、証券会社やその従業員は、顧客である一般投資家に投資勧誘をするに当たっては、当該証券取引の利益と危険に関し自主的な判断を誤らせないように配慮すべき立場にあるというべきである。そして、証券会社及びその従業員が一般投資家に新たな投資商品の勧誘をするに当たっては、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験及び投資の意向ないし目的に照して、投資家の証券投資に関する判断を誤らせ、投資家に対し、予測できないような過大な危険を負担させる結果を生じさせ、投資目的を失わせることのないように配慮すべき義務があると認められる。このことは、民法上、売買の目的物についての負担や瑕疵の告知義務と同様の信義則上要求される義務である。したがって、証券会社やその使用人がこれに違反して社会的に相当とされる範囲を逸脱した手段、方法により、或いは投資目的を失わせるような不相応な危険性についての情報を提供する配慮をせずに投資勧誘をしたため、投資家が損害を被ったときは、不法行為責任を免れないというべきである。

2  そこで、本件についてみるに、控訴人は、尋常小学校中退の無職の年金生活者であり、かつて鉄工下請業を営んでいたというものの、子らもこれを継承せず、廃業したもので、事業規模も小さいものであったと思われ、控訴人の事業経営の経験が本件取引に生かされるほどのものであったとは認められない。また、財産は自宅の土地建物と年金生活者が余生を過ごすための預貯金のみであり、場合によってはこれを失うことになってもやむを得ないと考えるほどの資産を有していたとも認められない。さらに、控訴人は、自らの意思で株式投資を始め、本件ワラント取引に至るまで二年間程度の株式投資経験を有していたが、その株式取引は、安定性のある優良銘柄の現物取引に限定し、わずかな値上がりがあった場合でも直ちに売却してその差益を得るというもので、取引の回数も売り買いを合わせて三〇回程度と多くはなく、購入した株式のうち半分近くのものは値下がりしたため、本件のワラント取引の際まで保有していたというのであるから、控訴人が株式と異なる危険性の高い新たな商品の投資取引についても、自ら投資判断ができるほどの投資経験を有していたと評価することもできない。そして、控訴人は、平成二年八月当時、株価が急落中で、余生を過ごすための資金である預貯金を引き出し、購入していた優良企業の株式の資産価値が四割も下がっていたため、これ以上の資産の減少は避けなければならない状況にあり、投資資金を一時郵便貯金等に換えることを計画していたもので、株式投資よりも危険性の高いワラント取引を行うのに適した境遇にはなかったと認められる。しかも、控訴人は、本件ワラントの勧誘を受けるまでワラントなるものを知らなかったというのである。このような状況下で、被控訴人の従業員である宇賀神は、控訴人に対し、三回にわたり、積極的にワラントの購入を勧誘したのであるが、ワラントには権利行使期間があり、右期間が経過するとワラントは無価値になるほか、ワラントの市場価格はワラント発行会社の株価に連動して変動するものの、その変動率は株価の変動率より格段に大きく、株価の数倍の幅で上下するため、値上がりが大きい反面、値下がりする場合には、値下がり幅が激しく、権利行使期間内でも市場価格がゼロになって、もはや売却処分も不可能になるという株式や転換社債にはない危険性があることに鑑みると、宇賀神が控訴人にワラントの購入を勧誘する際には、右の株式と異なるワラントの危険性について的確な説明を行う必要があったというべきである。しかしながら、前記一の1認定事実によれば、宇賀神は、控訴人にワラントの購入を勧誘する際に、ワラントの証券としての特質、仕組み及び危険性について控訴人の自主的な判断を誤らせないような的確な説明をしなかったため、控訴人は、右判断を誤り、被控訴人から三回にわたってワラントを購入し、富士通ワラントの時価評価額が急激に下落した後も、宇賀神ら被控訴人の従業員から的確な助言が得られず、時価評価額が下落したまま売却の機会を失い、同ワラントの権利行使期間の徒過により、同ワラントが無価値なものとなったと認められるから、本件ワラント取引における被控訴人の従業員宇賀神の勧誘はワラントを勧誘する際の説明義務に違反した違法なものといわざるを得ず、被控訴人は、控訴人に対し、民法七一五条によりその損害を賠償する義務があると認められる。

これに対し、被控訴人は、控訴人に交付したワラント取引説明書や外貨建ワラント時価評価額のお知らせと題する書面には、ワラントの仕組みや危険性についての説明が記載されていることを挙げて、被控訴人には責任がない旨主張するが、控訴人が右書面を閲読し、その内容を当然に理解し得たものとはいえないから、右記載があることをもって説明義務が尽くされたと認めることはできないし、本件は、宇賀神の違法な投資勧誘によりワラントを購入したため、株価が下落傾向を続け、ワラントの売却も権利行使もならず、結局権利行使期間を徒過せざるを得なかったものであって、単なる右期間の無爲な徒過による損害を主張するものではないから、権利行使期間を告知した右書面の交付により、宇賀神の勧誘行為と控訴人が受けた損害との間の因果関係が切断されたと解することもできず、被控訴人の右主張は採用しない。

三  損害

以上によれば、控訴人は、被控訴人に対し、平成二年八月二八日日本電気ワラントを売却して八八万一八二四円の利益を得、平成三年二月二八日三菱油化ワラントを売却して三万七一八一円の利益を得たが、平成五年四月二〇日富士通ワラントの権利行使期間の経過により五八四万四一五〇円の損失を生じ、最終的に差引四九二万五一四五円の損害を被ったと認められる。

しかしながら、控訴人は株価の下落傾向を認識していたのであるから、宇賀神の投資効果の説明に安易にとらわれず、被控訴人からワラント取引説明書や外貨建ワラント時価評価額のお知らせと題する書面の交付を受けていたので、これらの説明資料を手掛りにして、被控訴人にさらに説明を求めるなどして、多額の資金を投資して購入するワラントの性質、内容について正確な理解を得るよう努力した上投資判断をすべきであったのに、これを怠った一面があったことは否定できず、控訴人にも、損害の発生や損害の増大を防止できなかった点に落ち度があったというべきである。控訴人の右落ち度のほか、宇賀神の勧誘行為の違法性の程度その他本件に現われた諸般の事情を総合すると、過失相殺として控訴人の右損害額の三割を減ずるのが相当である。

そうすると、控訴人の損害額は三四四万七六〇一円となる。

四  附帯請求

控訴人は、平成五年四月二〇日の富士通ワラントの権利行使期間の経過により最終的に被った差引額を損害としているから、その翌日である同月二一日を附帯請求の起算日とすべきである。

五  結語

以上の事実によれば、控訴人の本訴請求は一部理由があり、これを全部棄却した原判決は相当ではないから、これを取り消し、不法行為による損害金三四四万七六〇一円及びこれに対する平成五年四月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で控訴人の請求を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福嶋登 裁判官内藤紘一 裁判官山下寛)

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